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初めて見た人ですが出だしの「絵なんてのはね、そりゃ、何も描かない白ほど綺麗なものはないですからね。けども人間というものは情けないもんで絵でも描いて遊ぼうというんでしょうね」で、やられてしまいました。言葉が美しい。これぞ芸術家。
このような人がいてくださったことがありがたいです
私の好きな 画家としてだけじゃなく 生き方に同調しています。自然界の中に これだけ 溶け込んでいける事は とても羨ましい
本当にきれいな瞳をしておられる。
とても純粋だし言葉が深いなあ・・
奥さま素晴らしい素敵なご夫婦像だ
なんて目が綺麗な人なんだろう
なんて目のきれいな方でしょうか!若い時のキラキラした瞳とお歳を重ねた瞳は変わらず素敵です。このような画家がいらっしゃたのですね~‼️
藝大の天才がこうやって仙人みたいに最終的に抽象画を確立していくのが凄い。真の芸術家。下手のはどうなるかわからない。下手なほうがスケールが大きいって、境地に達するのは真実なのかも。
すごい境地憧れる
芸術家らしい生き方。いいなあ。
いまコロナ禍で自粛とか自宅待機を求められている時に家に居ても楽しい発見や発想は出来るかも知れない、退屈の中で遊べるというのは豊かなひとだったのだと思う
言葉に深みとその重さが感じられる。そして…無駄のない絵…これ程の絵を目の前にして深くため息をつきました。凄すぎます……。
この方は本当に心優しい人だと思います。 優しい目。
私は生きていることが好きだから...。今、この言葉を口にすることのできる人がどれだけいるだろうか。生あること、これに勝るものなし。
熊谷守一凄い画家だったな。
ヴァン・ゴッホが遠くから描いたものを近くで描いている感じがして凄いと思う。分からなかったものが見えて分かったと思った瞬間に消え去って行くさっきまでの謎の気分を与えている。見ることは本当に分かることなのかどうかを追求していた画家のように思う。
今日、豊島区の熊谷守一美術館に行ってきました。期待せずに動画を検索してこちらを拝見。貴重な動画をアップして下さりありがとうございます。
自分の為に生きるっていうことは難しい。この人はとことん自分の為だけに生きたんだと思います。いい意味でわがままというか、本当に我のまま最後まで生き切った人なんでしょう。その何の為にも書いていない絵はとても美しい。
この人はずっと「今の人」だね。
顔で人を癒す人になっていますね
カンバスがきれい。なかなか言えんよ。
ただ長命というのではなく、生を瑞々しく全うされていますね。
1946生 「下手はどうなるか分からないのでスケールは大きい」云々、人間の可能性を示唆する、また、応援する温かい言葉だ。とても励みになる。
さすがです。28歳ですが、画家として生きる決心が出来ました
菊谷隆太のメルマガを見てここへたどり着きました。世の中にはまだまだ多くのすごい人がいるものだ。新しいヒントをいただいたような気がします。あと10年どのようにいきるかね。
すき
もっと評価されていい巨匠だと思う
すばらしい
この人をモデルにした「モリのいる場所」という映画がすごく好き
あーこの人は本物だわ。すごいは。もっと、世に知られてほしい。
こういう人をこそ芸術家というんでしょうね。本人は言ってほしくもないと思ってたでしょうけど。
なぜか、現在の小屋で暮らす若者を思い出した。
この話を聞いて…指揮者 フルトヴェングラーの名言今のは合いすぎているが頭をよぎりました🤔
凄い絵に描いたような画家だなwこんな人が存在できる時代はいい時代だと思うよ。辛くとも。
これを見た後の関連動画に、とある画商さんの動画があがっており「守一の絵のなかで価値の高いものの見分け方」というような文句が目に飛び込んできて、人間というのは業が深いなあと思った
この人の連続朝ドラやったら面白いかもー。この前、映画がありましたが、今度は一生を描いて欲しい。
若い頃、要町の美術館によく行きました。
・・・(-_-;)・・・今、こ~いう人、見事にいないですね。誰も彼もが金と名声を求めて走っています。俗世の煩悩を本当に断ち切った人には、ある共通項があるように思います。岡本太郎の完全なる自己解放、マザー・テレサのイエスの愛への一体化、、、普通に見えて、どこか高いオーラを発してる人、、、書物ではあるのですが、実際に出会ったことがない。死ぬまでに、、、一度でいいから、そんな人物に、、、出会いたい、、、
MasyuTadashi お前がなれよ情けない
はかせたろう 激しく同意する
僕です
扨、芸術家は名辞以前の世界に呼吸してゐればよいとして、「生活」は絶えず彼に向つて「怠け者」よといふ声を放つと考へることが出来るが、その声が耳に入らない程名辞以前の世界で彼独特の心的作業が営まれつつあるその濃度に比例してやがて生ずる作品は客観的存在物たるを得る。
1880年生まれ
画家ってのは金とか評判に関心はありません。関心は自分の絵とその絵の出してくる世界。
「上手は先が見える」で頭をハンマーで殴られたような気がした。。
殴られると星が見えたでしょう?
奥さんは我慢つよい人なんでしょうねえ?テレビではみえないが良き伴侶水木しげるさんの奥さんも?
。。。(虔誠為善)
自分自身の才能を分かっていたと思います。
山崎努さんと樹木希林さんの映画の人物モデル?ー
個人の価値観で、どんな形にでも変幻しその面白さって有るんだろうな。宝石よりいつからそこに存在したのやら分からない家に転がっている石の方が宝に思える感性。完璧など存在しないのだから、評価はどうでも良く創造し作る事を楽しむ。それが良いと言う事でしょうかね。
ナレーションの「そこからは新鮮で深い安らぎが感じられます」という言葉が残っている。ときに「新鮮さ」は静かだが強烈なものを心に訴えてくる。しかしそれは、ただ目新しいだけのものの中には見つけることはできない。真の「新鮮さ」は、調和のとれた自然の息づきの中でこそ感じることができるものだからだ。むしろ新しいものを生みだそうとすることは、同時に調和を壊すことである。だからなにも描かない白が一番きれいだと言っているのだろう。現代の高度資本、情報社会の中に飲み込まれて生活をしてしまっていると気づいたとき、自然のテンポ、ダイナミズムに心を傾けられるようにしたい。
Wow.great.
この動画何度も見てしまうわつげ義春が無能の人を書いたとき、この人の面影が念頭にあったんじゃないかとふと思った単純な絵のようだが、マティスのように絵を描くとは一体どういうことなのか、徹底的に考えてる感じがある最近はこういう画家がすくないのではないか
好きです。すべて。
顔が絵画になっているように思います。上品ですね。
北斎、ピカソ、守一。
ピカソ、守一、嗣治北斎、モネダヴィンチ、若冲
そぎおとした究極をあるがままに描く人は何人もいない。
Never look very old indeed , thank for living longer
まさかの日本人
理想だったが・・・諦めた。
わかるわぁーー絵描きは遊び。
Mori the Artist's habitat?
とてもいいけど熊谷守一さんはカンバスじゃなくて板といって欲しいな
この人はこの人だけで成り立ったわけじゃなく、家族がいたからできたんじゃないかね。
インタビュアーがなんでこんなに居丈高なんだろうね。
へたも絵のうちよくこんな言葉投げかけられたな、このアナウンサー、いつの時代もマスコミは変わらんな
名辞が早く脳裡に浮ぶといふことはすくなくも芸術家にとつては不幸だ。名辞が早く浮ぶといふことは、やはり「かせがねばならぬ」といふ、人間の二次的意識に属する。「かせがねばならぬ」といふ意識は芸術と永遠に交らない、つまり互いに弾き合ふ所のことだ。 芸術といふのは名辞以前の世界の作業で、生活とは諸名辞間の交渉である。そこで生活で敏活な人が芸術で敏活とはいかないし、芸術で敏活な人が生活では頓馬であることもあり得る。
側に女房が元気な頃からいると、また視点、欲求に余裕、違いが出来る。
でかい家に住んでて羨ましいな
家族を持つべき人ではないけど、純粋に生きた人だなぁと。どうでもいいけどイヤホンしてんのが似合わなすぎて
補聴器ですね
あえて憎まれ口を叩かせてもらいます。嘘臭い芸術家気取りのまがい者に日本人は弱いんだ(笑)「純粋」な芸術家(笑)芸術家気取らず勝手にやってくれたらいいんだよ
初めて見た人ですが
出だしの「絵なんてのはね、そりゃ、何も描かない白ほど綺麗なものはないですからね。けども人間というものは情けないもんで絵でも描いて遊ぼうというんでしょうね」
で、やられてしまいました。
言葉が美しい。これぞ芸術家。
このような人がいてくださったことがありがたいです
私の好きな 画家としてだけじゃなく 生き方に同調しています。自然界の中に これだけ 溶け込んでいける事は とても羨ましい
本当にきれいな瞳をしておられる。
とても純粋だし言葉が深いなあ・・
奥さま素晴らしい
素敵なご夫婦像だ
なんて目が綺麗な人なんだろう
なんて目のきれいな方でしょうか!若い時のキラキラした瞳とお歳を重ねた瞳は変わらず素敵です。このような画家がいらっしゃたのですね~‼️
藝大の天才がこうやって仙人みたいに最終的に抽象画を確立していくのが凄い。真の芸術家。下手のはどうなるかわからない。下手なほうがスケールが大きいって、境地に達するのは真実なのかも。
すごい境地
憧れる
芸術家らしい生き方。いいなあ。
いまコロナ禍で自粛とか自宅待機を求められている時に家に居ても楽しい発見や発想は出来るかも知れない、退屈の中で遊べるというのは豊かなひとだったのだと思う
言葉に深みとその重さが感じられる。
そして…無駄のない絵…これ程の絵を目の前にして深くため息をつきました。
凄すぎます……。
この方は本当に心優しい人だと思います。 優しい目。
私は生きていることが好きだから...。今、この言葉を口にすることのできる人がどれだけいるだろうか。生あること、これに勝るものなし。
熊谷守一凄い画家だったな。
ヴァン・ゴッホが遠くから描いたものを近くで描いている感じがして凄いと思う。分からなかったものが見えて分かったと思った瞬間に消え去って行くさっきまでの謎の気分を与えている。見ることは本当に分かることなのかどうかを追求していた画家のように思う。
今日、豊島区の熊谷守一美術館に行ってきました。期待せずに動画を検索してこちらを拝見。貴重な動画をアップして下さりありがとうございます。
自分の為に生きるっていうことは難しい。
この人はとことん自分の為だけに生きたんだと思います。
いい意味でわがままというか、本当に我のまま最後まで生き切った人なんでしょう。
その何の為にも書いていない絵はとても美しい。
この人はずっと「今の人」だね。
顔で人を癒す人になっていますね
カンバスがきれい。なかなか言えんよ。
ただ長命というのではなく、生を瑞々しく全うされていますね。
1946生 「下手はどうなるか分からないのでスケールは大きい」云々、人間の可能性を示唆する、また、応援する温かい言葉だ。とても励みになる。
さすがです。
28歳ですが、画家として生きる決心が出来ました
菊谷隆太のメルマガを見てここへたどり着きました。世の中にはまだまだ多くのすごい人がいるものだ。新しいヒントをいただいたような気がします。あと10年どのようにいきるかね。
すき
もっと評価されていい巨匠だと思う
すばらしい
この人をモデルにした「モリのいる場所」という映画がすごく好き
あーこの人は本物だわ。すごいは。もっと、世に知られてほしい。
こういう人をこそ芸術家というんでしょうね。本人は言ってほしくもないと思ってたでしょうけど。
なぜか、現在の小屋で暮らす若者を思い出した。
この話を聞いて…
指揮者 フルトヴェングラーの名言
今のは合いすぎている
が頭をよぎりました🤔
凄い絵に描いたような画家だなw
こんな人が存在できる時代はいい時代だと思うよ。辛くとも。
これを見た後の関連動画に、
とある画商さんの動画があがっており
「守一の絵のなかで価値の高いものの見分け方」というような文句が目に飛び込んできて、人間というのは業が深いなあと思った
この人の連続朝ドラやったら面白いかもー。
この前、映画がありましたが、今度は一生を描いて欲しい。
若い頃、要町の美術館によく行きました。
・・・(-_-;)・・・今、こ~いう人、見事にいないですね。誰も彼もが金と名声を求めて走っています。俗世の煩悩を本当に断ち切った人には、ある共通項があるように思います。岡本太郎の完全なる自己解放、マザー・テレサのイエスの愛への一体化、、、普通に見えて、どこか高いオーラを発してる人、、、書物ではあるのですが、実際に出会ったことがない。
死ぬまでに、、、一度でいいから、そんな人物に、、、出会いたい、、、
MasyuTadashi お前がなれよ
情けない
はかせたろう 激しく同意する
僕です
扨、芸術家は名辞以前の世界に呼吸してゐればよいとして、「生活」は絶えず彼に向つて「怠け者」よといふ声を放つと考へることが出来るが、その声が耳に入らない程名辞以前の世界で彼独特の心的作業が営まれつつあるその濃度に比例してやがて生ずる作品は客観的存在物たるを得る。
1880年生まれ
画家ってのは金とか評判に関心はありません。関心は自分の絵とその絵の出してくる世界。
「上手は先が見える」で頭をハンマーで殴られたような気がした。。
殴られると星が見えたでしょう?
奥さんは我慢つよい人なんでしょうねえ?
テレビではみえないが
良き伴侶
水木しげるさんの奥さんも?
。。。(虔誠為善)
自分自身の才能を分かっていたと思います。
山崎努さんと樹木希林さんの映画の
人物モデル?ー
個人の価値観で、どんな形にでも変幻しその面白さって有るんだろうな。
宝石よりいつからそこに存在したのやら分からない家に転がっている石の方が宝に思える感性。
完璧など存在しないのだから、評価はどうでも良く創造し作る事を楽しむ。それが良いと言う事でしょうかね。
ナレーションの「そこからは新鮮で深い安らぎが感じられます」という言葉が残っている。
ときに「新鮮さ」は静かだが強烈なものを心に訴えてくる。しかしそれは、ただ目新しいだけのものの中には見つけることはできない。真の「新鮮さ」は、調和のとれた自然の息づきの中でこそ感じることができるものだからだ。
むしろ新しいものを生みだそうとすることは、同時に調和を壊すことである。だからなにも描かない白が一番きれいだと言っているのだろう。
現代の高度資本、情報社会の中に飲み込まれて生活をしてしまっていると気づいたとき、自然のテンポ、ダイナミズムに心を傾けられるようにしたい。
Wow.great.
この動画何度も見てしまうわ
つげ義春が無能の人を書いたとき、この人の面影が念頭にあったんじゃないかとふと思った
単純な絵のようだが、マティスのように絵を描くとは一体どういうことなのか、徹底的に考えてる感じがある
最近はこういう画家がすくないのではないか
好きです。すべて。
顔が絵画になっているように思います。上品ですね。
北斎、ピカソ、守一。
ピカソ、守一、嗣治
北斎、モネ
ダヴィンチ、若冲
そぎおとした究極をあるがままに描く人は何人もいない。
Never look very old indeed , thank for living longer
まさかの日本人
理想だったが・・・諦めた。
わかるわぁーー絵描きは遊び。
Mori the Artist's habitat?
とてもいいけど熊谷守一さんはカンバスじゃなくて板といって欲しいな
この人はこの人だけで成り立ったわけじゃなく、家族がいたからできたんじゃないかね。
インタビュアーがなんでこんなに居丈高なんだろうね。
へたも絵のうち
よくこんな言葉投げかけられたな、このアナウンサー、いつの時代もマスコミは変わらんな
名辞が早く脳裡に浮ぶといふことはすくなくも芸術家にとつては不幸だ。名辞が早く浮ぶといふことは、やはり「かせがねばならぬ」といふ、人間の二次的意識に属する。「かせがねばならぬ」といふ意識は芸術と永遠に交らない、つまり互いに弾き合ふ所のことだ。
芸術といふのは名辞以前の世界の作業で、生活とは諸名辞間の交渉である。そこで生活で敏活な人が芸術で敏活とはいかないし、芸術で敏活な人が生活では頓馬であることもあり得る。
側に女房が元気な頃からいると、また視点、欲求に余裕、違いが出来る。
でかい家に住んでて羨ましいな
家族を持つべき人ではないけど、純粋に生きた人だなぁと。
どうでもいいけどイヤホンしてんのが似合わなすぎて
補聴器ですね
あえて憎まれ口を叩かせてもらいます。嘘臭い芸術家気取りのまがい者に日本人は弱いんだ(笑)
「純粋」な芸術家(笑)
芸術家気取らず勝手にやってくれたらいいんだよ